こだわり住職のよもやま話

2012年1月

さすがに大寒です

2012年01月26日

御忌会お説教.jpg

大寒以降はとても寒い日が続いています。列島各地で記録的な大雪になっていますが、今年も自然の脅威を思い知らされる年になるのでしょうか。どうか穏やかな一年になって欲しいものです。山寺では、大寒の前日(20日)に御忌会を開催しました。この法要は、法然上人がお亡くなりになられた日(建暦2年1月25日)を期して行われる、上人のご遺徳を偲ぶ忌日法要です。勤行の冒頭では歎徳之疏を読み上げ、参詣者一同で上人の恩德に感謝しながら誦経念仏の法楽を捧げさせて頂きました。

さて、例年のことですが今年の御忌会も見事な寒行でした。なんてったって本堂が本堂ですから、ありったけのストーブを持ち出していても、ちっとも温かくなりません。参拝のみなさんも心得たもので、だるまのように着込んで重装備です。今秋には建て替え工事に入りますから、現本堂での御忌会はこれが最後となります。ですから、この寒さもある意味貴重かもしれません。おそらく数年後には、「昔はめちゃくちゃ寒かったねー」などと、懐かしく思うことになるでしょう。当日、私のお経は「はい、これで終了」と、超短縮バージョンにしました。それというのも、今年の御忌会は、1年前から予約していた、舜青寺住職(漆間朋道師)のお説教を聞いて頂くのがメインだからです。前席では法然上人の一代記をご披露して頂き、後席では、ご住職の人柄が滲み出た示唆に富んだ話しをたっぷり聞かせて頂きました。お説教師にはいろんなタイプの方がおられますが、ご住職のゆったりとした語り口は、中高年向けの見事なものです。初めて聴かせて頂いた義母も、「とても解りやすくてよかった」と、至極ご満悦でした。私にしてみれば予想通りで、してやったりであります。参拝された皆さんも、この寒い中を、がんばってお寺に参ったかいがあったことでしょう。よかったですね。

来年は本堂の工事中ですから御忌会は開催されません。しかし、再来年の御忌をどうするかを、今からじっくり思案しなければなりません。なんてったて、今年が良すぎた。だから次回はハードルが相当高くなります。私のつまらん話しでは、皆さんをがっかりさせてしまいかねません。うーん困りました。でも、2年先の話しですし、今年のことなんて、みんな忘れてるかもしれません。きっとそうです。そうにちがいない。だから大丈夫だわ。(笑って下さい)

今年はお墓が建たない?

2012年01月15日

江戸期閏月の過去帳.jpg

今年は閏年なので墓石店の売り上げが落ち込むかもしれません。それというのも、当地方でば「閏年の墓石建立は避けたほうが良い」という考え方があるからです。どうやら、九州や西日本地区でいわれているようなのですが、そもそも仏教の教えに、そんな考え方は全くありません。面白いのは、逆に閏年こそ墓石店が忙しくなる地方もあるそうで、少々不思議な慣習です。これまで大して気にしていませんでしたが、考えて見れば、この「閏年にどうのこうの」という、いわば摩訶不思議な迷信について、私自身もきちんと説明することが出来ません。それで調べてみたら次のようなことが解って来ました。

要約すると次のようになります。わが国では長く太陰太陽暦(旧暦)が使用されていたので、太陽の動きとの誤差を調整するため、1年が13ケ月になる年が時々ありました。旧暦の一年は354日、閏月のある年は384日と、年によってまちまちでした。それで、季節の移り変わりと大きな食い違いが出ないようにと、何年かに一回閏月を入れて一年13ヶ月にして調整していたのです。ところで、江戸時代の武士などの給金は、基本的に年俸制でした。ですから、閏年になると1ヶ月余分にやりくりしなければなりません。現実問題として平年よりも節約しないとやっていけない訳です。それで閏年に節約の習慣が生まれます。「閏年は仏壇の新調をさけるように」などというおふれを、藩主が出すところもあったそうです。この制約は、やがて本来の意味が忘れられて形式だけが残ってゆきました。そして、「閏年に墓や仏壇を新調すると悪いことが起こる」などと、意味を取り違えて伝えらるようになったらしいのです。前記の通り、主に九州や西日本で、そういう考え方が広まったらしいのですが、一方、閏年に縁起が良いと考える地方は、閏年を「うるおう年」と解釈するのだといいます。

ふーん、なるほど。おもしろい話しですね。日本人は縁起かつぎが好きですから、そうなっちゃうんでしょうね。旧暦の時代だと、本当にまるまる1ケ月余分にやりくりしなければいけなかったのですから、どこかの藩主が出したらしい「おふれ」にも大いに意味がありました。でも、今日、閏年は2月が1日増えるだけですから意味のないことですよね。ちょっと利口になりました。まれに「閏年にお墓を建てたらいけないの?」と聞かれることがありますが、気にする必要のない迷信であることを、今後はきちんと説明してあげられそうです。

蛇足ですが、光明寺の過去帳をパラパラめくると、閏月に亡くなった方の記載が結構あることに気づきます。新たな発見でした。

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