こだわり住職のよもやま話

2011年8月

お盆はしんどいです

2011年08月23日

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8月3日に山寺の施餓鬼会が無事終了すると、その後の私はお盆が過ぎるまで連日組寺の施餓鬼会のお手伝いに出向いているか、或いは檀家さんのお宅で棚経のおつとめをしているかの毎日でした。今年の暑さは、昨年よりましだとは思いましたが、毎年この期間中は運動不足の中年にとってはひどくこたえます。連日の猛暑のさなか棚経のおつとめで檀家さんのお仏壇の前に次々と座ることになりますが、一番つらいのはその際の正座です。棚経最終日ともなると膝はすでにボロボロです。檀家さんのお宅を訪れると、まれにしまい忘れた冬物の座布団が出ているケースがあります。それを見つけると私は嬉しくて思わず「やったー」とつぶやいています。だって夏座布団よりも明らかに膝の痛みが違いますからね。私にとって棚経は僧侶資格を頂くために受けさせて頂いた本山での厳しい修行(加行・けぎょう)を、毎年思い出させる見事な苦行(?)なのです。

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こう書くとなんだか大変な件数をこなしているように聞こえますが、私のやっている棚経なんて、大寺の住職さんから見れば楽なもんでしょう。組寺にはものすごい件数をこなされておられる住職もおられます。そんなお寺に比べれば、私は相当楽しています。しかしそれでも私が毎年の棚経を苦行と感じてしまうのは、山寺の棚経は一軒一軒での読経時間が少々長いという事情(良くいえば丁寧、単に長いだけか)と、読経が済んでもすぐ次のお宅へというわけには行かないという事情があるからです。家によっては一年ぶりにお会いするケースもあります。どうしてもひとしきり、お話をうかがうことになります。実際一人暮らしのお宅などは、軒並みおしゃべりするのを楽しみにして待っていて下さいます。だからどうしても一軒に時間がかかってしまう。よって件数は少なくても正座の時間は長くなるのである。

今も昔も正座が苦手な私は最終日にもなると膝はすでに悲鳴を上げています。今年も実に厳しかった。坊さんがそんなことじゃダメなんですが、残り数軒となると頭の中はかってにカウントダウンを始めています。今年の取りは岸田幸子さんのお宅でした。こららも独居のお宅です。遠慮を知らない私は用意してくださった飲み物と果物を頂きながら、ダラダラ時間を過すのであります。そのくせ、こちらのお宅でのおつとめが無事終了し、戸口で帰りのご挨拶を口にした直後には、「あー、ついに終わったぞ-」と心の中で歓喜の雄叫びを上げていました。毎年こんなことを繰り返しています。

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