こだわり住職のよもやま話

大庭名人の爆笑秘話

2010年03月02日

本州最西北端 川尻岬東磯

2/1の記事『スーさんの思い出』に書いたとおり、私がいた会社の釣りバカグループはユニークな人物ばかりです。なかでも大庭 章(おおば・あきら)さんは極めつけです。外道の大庭に意外性の大庭、バラシの大庭にマイペースの大庭と、いろんなニックネームがあります。とにかく個性的な御仁です。大庭さんは磯に行くとまず休憩を取りません。ひたすら釣り続けます。その忍耐力と持久力には脱帽です。他の連中があきらめムードでも大庭さんは違います。黙々と釣り続けるのです。その後ろ姿はまるで釣道に生きる修行者のようです。大庭さんの釣りは待ちの釣り、ねばりの釣りです。一発狙いで深ダナを探る釣りでもあります。エサを海に入れている絶対的な時間が我々より長くなります。するとやっぱりいい事もあるのです。そう、お魚が食いついちゃうんですね。しかもけっこういい型が食ったりします。しかし予期しないタイミングでいきなりヒットがいつもの事なので、対応が後手になって取り逃がすことが多かった。だから「意外性の大庭」であり「バラシの大庭」なのです。今でも釣り忘年会になると必ず話題に上がるエピソードがあります。大庭さんが掛けた超大物の件です。

それは何が釣れるか解らない大分での夜釣りでした。大庭さんは瀬ずれでバラすこと(海中の岩などに糸がこすれて切れること)が多かったので、あろうことかその日はこっそりワイヤーハリスで釣っていたのです。金属糸ですからこれならめったなことでは切れません。その物々しい仕掛けで釣っていても、やっぱり大庭さんです。本当に得体の知れない大物が掛かったのです。しかしヤツはあまりに大き過ぎた。大庭さんは竿を握りしめたまま海へ引き込まれそうになりました。けっこう高い足場だったからそうとうヤバかった。それでも竿は絶対に離しません。そこが大庭さんのすごい所です。そのままだと多分大変なことになったと思うのですが、幸いなことにギリギリの所で針が外れて事なきを得ました。その後は「いったいあの獲物は何んだろう?」で随分盛り上がりました。「でかいアラじゃないか?」「サメかもしれんぞ?」「いや海ガメだろう?」などと、結局正体は不明ですがみんなで大笑いしたものです。大庭さんのそのめちゃくちゃな仕掛けは後から判明したのですが、仲間も驚くというかあきれたというか、大物を夢見る大庭さんの執念を感じさせるエピソードでした。ただし大庭さんがいつもバラしてばかりかといえばそうでもありません。大庭さんの面目躍如といえば、大分で釣り上げたあのコブ鯛でしょう。80センチ級の巨大なヤツです。日中にクロ狙いの仕掛けで見事に取り込んだのです。釣りをされる方なら理解できると思いますが、これはすごい事です。それで大庭さんには「名人」の称号が付きました。(私が勝手に進呈)こんな大型を細仕掛けで見事に取り込んだのですから、この実績からも間違いなく「名人」であります。

ところで大庭さんが釣ったとんでもないコブ鯛ですが、実は鯛とは名ばかりでまったく違う種類の魚です。ベラの仲間でこの種だけが異常に大型化します。最大で1メートルです。名前の通り成長したオスは頭に大きなコブがあって、少々グロテスクです。超大型となると実に恐ろしげな面構えになります。定着性が強く浅い磯場で特定の場所(水中の岩穴など)を寝ぐらにします。居着きの大型が釣り上げられると、同じくらいのコブ鯛がまた住み着くといいます。だから一度大型が釣れた場所では繰り返し釣れることになります。元々絶対数が限られる魚なので、コブ鯛の超大型は激減しています。今日、本土の一般的な磯(陸)からメーター級の魚が釣れるとしたら、ヒラマサ等の青物や回遊魚でないと難しいでしょう。(太刀魚やダツそれにクロアナゴとかの極端に細長いのは除きます)実は離島の磯だとアラ釣りと呼ぶハタ類の超大型魚を狙う底物釣りや、マグロや大型のアジ類が釣れる場所がありますが、これは特殊な世界になります。話しはそれますが、多くの人になじみのある魚で、磯から取り込んだ(船釣ではないの意)超大型魚といえば、私の相棒である上田研二が真鯛の103センチという奇跡的な大物を釣っています。しかも彼はその際にもう一尾98センチも取ったのですから大したものです。そういうわけで、本来メーター級まで成長するはずの魚の中でもコブ鯛の大型は貴重になりました。山口県ではコブ鯛の超大型を「寒鯛」と呼んでいました。かつては(30年近く昔の話です)山口県にもメーター級のとてつもない怪物がいました。本州最西北端である川尻岬(長門市)にあった岬ハウス(売店)の天井には、そんな怪物の魚拓が誇らしげに張ってありました。山口県において磯釣りでメーター級の魚といえば、この寒鯛と真鯛にスズキそしてヒラマサです。川尻岬は山口県の日本海側では屈指の大物釣り場です。しかし冬季はものすごい大波が来るので遭難事故も発生します。大物の夢がありますが危険な釣り場です。その川尻岬も近年はびっくりするような大物は上がらなくなりました。往時のように巨大な魚を釣り上げることはもう不可能に近いのです。これも時代の流れですから致し方ありません。

さて、ここまで大庭さんのことをずいぶん持ち上げて来ましたが、実はコブ鯛は狙って釣る魚ではありません。釣れても外道扱い(狙いの魚ではない雑魚)が普通です。そして、コブ鯛には申し訳ないのですが、食味に関して意見が分かれる魚です。クロ(メジナ)狙いの釣り人だと「あーコブかー」と、がっかりすることになります。釣りサンデーの小西和人氏が残された(2009年1月7日永眠)貴重な魚図鑑「新さかな大図鑑」を開くと「肉は白身でフライにするとかなり美味」とあります。だから本来まずい魚ではないと思います。しかし山口は海に囲まれており、我々は常日頃から新鮮で美味しいお魚を食べ慣れていますから、コブ鯛の食味評価はどうしても低くなります。(申し訳ありません、これって贅沢ですよね、釣り人っていうのは実にわがままで勝手です)そういう訳で釣れても放流することが多くなる魚なのです。しかし大庭さんの釣ったコブ鯛は見事なサイズですから、記念の魚拓を取らないわけにもゆきません。それで結局大庭さんはあのでっかいのを山口まで運び、魚拓や記念写真を撮った後にちゃんと料理して全部食べたといいます。本人曰く「意外と食えたぞ」です。釣道に生きる大庭さんはやはり違います。立派ですねー。これならお魚も浮かばれるというものです。これで大庭さんはコブ鯛に関してはもう持ち帰る必要は無くなったわけです。なぜならあのサイズを超えることはたぶんないだろうと思えるからです。再びコブ鯛が釣れたとしても「おー可愛いサイズじゃのー」と、笑って海へ返すことになるでしょう。殺生をしなくて済みます。よかったですね。

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