こだわり住職のよもやま話

コロナがもたらした急激な変化(お葬式と法事)

2021年05月12日

コロナ対応

お葬式の形は時代と共に変って来ましたが、とりわけコロナ騒動による昨今の急激な変化には隔世の感があります。今や葬儀は”小さなお葬式”が普通になりました。いわゆる家族葬や親族葬がスタンダードです。今現在、火葬場には来場制限(近隣は大抵10名まで)があるので、たとえ小さなお葬式でも火葬場への同行者数には留意が必要です。ちょっと前まで20人程度は普通でした。場合によっては30人だとかの関係者が火葬場に同行することもありました。だから大抵マイクロバスが用意されていましたが、そんなことはもう昔の話しになってしまいました。火葬が終われば会館に戻って繰り上げ初七日を行い、その後に会食が一般的でした。しかし今は仕出し弁当の配布で解散や、そもそも会食自体を取りやめることが多くなり、親族等がお葬式で過ごす時間は確実に短くなりました。田舎のお葬式もすっかり様変わりです。コロナが終息しても元に戻ることはもう無いのかもしれません。

一方、山寺では本堂で行うケースが多くなったので、それに関わる私自身の時間はむしろ長くなりました。これまでのように会館葬でしたら、私は会場へ出向いて儀式を執行すれば良いだけです。会館の従業員さんは気遣って下さるし、お茶も出して頂けます。僧侶もいわばお客さんです。しかし本堂でやろうとするとそうは行きません。会館に準じた対応が(宿泊は出来ませんが)求められます。お亡くなりになった後に一度自宅へ帰られる時は良いのですが、そのまま寺に来ていただく場合は(このケースが増えてきています)時間的な余裕が無いのでとても慌てることになります。寝台車が到着し枕経が終われば葬儀屋さんに納棺して頂きますが、その後の通夜・葬儀・初七日の会場準備は基本的に寺(私)が行います。(葬儀屋さんには本堂の勝手がわからないですからね)よって葬儀屋さんが準備するのは白木位牌・骨つぼ・受付用事務用具・会葬御礼・写真・供花とお供え物・霊柩車・司会手配の有無・まれに屋外テントの設置くらいになります。これ以外で必要なものは寺の備品で対応します。もちろんコロナ前からその傾向はありましたが、山寺では今やこのやり方が普通になって来ました。

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葬儀以外の法要も本堂開催が普通になりました。位牌を持参してとにかく寺に来て頂けば良いのです。家でやるより遙かに楽ちんですから皆が幸せになれます。以前から満中陰忌の法要では定番でした。イス席の会場と十分な駐車場が確保出来るので実に具合がよろしいわけです。コロナ以降は年回忌法要(いわゆる普通の法事)でも積極的に寺で開催するようになりました。たとえ家族(子孫等)であっても県外から参列することがはばかられるご時世です。本堂なら広くて感染のリスクも少ないでしょうから、寺で開催するのが正解でしょう。法要後の会食も昨今のお葬式と同様です。仕出し弁当の配布あるいは飲食一切無しのケースが多くなりました。

岸田幸子儀葬儀式

さて、前置きはこれくらいにして、先日本堂で行った岸田幸子さんの葬儀に触れておきたいと思います。幸子さんの葬儀はまさにコロナの時代を象徴するようなお葬式でした。三組の息子さん夫婦と孫が参列した小さなお葬式でしたが、しかし素晴らしいお葬式でした。幸子さんには枕経から葬儀当日までずっと本堂の御本尊の前で過ごして頂きました。寺なので通夜の夜に息子さんたちが泊まれないのは申し訳なく思います。でも菩提寺の阿弥陀様に見守って頂けましたから、きっとさみしくは無かったでしょう。たくさんの生花と家族に囲まれて幸子さんはお浄土へ征かれました。お骨はしばらく寺でお預かりすることにしました。もしかしたら自宅に帰りたいかもしれませんね。でもずっと空き家でしたからね。引き続き御本尊のそばで過ごして頂くのも悪くないでしょう。コロナ過でお葬式の形はまた一段と変化しました。しかし山寺の坊さんが袈裟を掛けてやってることは昔も今も変わりません。いや、むしろこんな時代だからこそ今まで以上に濃密なお別れの時間を過ごせるようになったと思います。

岸田家葬儀

 

岸田幸子 様

お通夜の読経中に昔の映像が次々と浮かんで来て思わず声が止まってしまいました。勘弁して下さいね。それからお世話になりました。そしてありがとうございました。

合掌

 

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