南無千々松菩薩さま
2009年12月30日
今年最後の記事は前回からの続編です。それは先々月のことでした。光明寺にネギをしょったカモがやって来ました。いや失礼、菩薩さんが立ち寄りました。その菩薩さんは娑婆(しゃば・人間世界)では仏壇屋の営業責任者を仮の姿にしています。この世界に現れてからの期間は私より一回りと少々上でしょうか。時々光明寺に立ち寄っては本尊に向かって丁寧に手を合わせては帰って行きます。名刺によると、この世では「住谷仏壇の千々松」と名乗っています。下の名前は私と同じ徳の字が入った「徳行」で、読み方を尋ねると「とくゆき」だそうです。しかし幼少より「とくぎょう」「とくぎょう」と呼ばれることが常であったといいます。うむ、たしかにそうであろう。「とくぎょう」の方が呼びやすい。そうなると、これは音読みで明らかに坊さん名の読み方です。本堂で合掌している姿もなかなか決まっておりまるで求道者のようです。これまで名刺どおりに「千々松さん」と呼ばせてもらってはいますが、どうも怪しい。本人は否定するのですが、菩薩さんが娑婆の世界に下りてきて仮の姿をまとっているような雰囲気なのであります。
さてその千々松さんですが、いつものようにニコニコしながら光明寺にやってきました。開口いちばん「住職、キンスもってきましたー」と、とりわけ明るい声で言いました。「ハアー、なにアホなこと言っとるんやろう?」と私は内心思いましたね。(このあたりからとたんに言葉遣いが変わってくる)以前から私がキンスをどうにかしたいと思っているのは、千々松さんも知っていました。しかし買うから持ってきてくれといった覚えはありません。だって7桁コースがそんな気軽に買えるわけないでしょう。「千々松さんキンスをどげんかしたいのは事実だけど、光明寺の寺会計で買うなんて端っから問題外だし、可能性としては僕が個人的に買うしかないんだから、まずよう買いきよらんよ」と、私は半ばあきれたように答えました。すると千々松氏は「いや、これは私がぶん取ってきたものだから大丈夫です」と軽くのたまうわけです。「ハアー、大丈夫て言ったって、キンスを新調して代金払わんわけにはいかんでしょう」「ハイ、住職のご心配はよーく解っています。だから私がぶん取ってきたんです」あれれ??なんだか訳のわかんない会話になってるぞ。
千々松さんのぶん取ってきたって話をよく聞いてみると、やっと話が見えてきました。要するに千々松さんがどうやら独断で店から持ち出しちゃって、自分の判断で超バーゲン価格で提供するからぜひお買いなさいというのである。支払いは出世払いでも良いという。「でもねー、いくらバーゲンだからって本来なら一式で7桁になる商品が10万や20万で買えるわけじゃないでしょ。勘弁してよ」とそんな返答をしました。すると千々松氏は再び意外なことを口にします。「住職のところに持ってくるために表面の塗りもやりかえてますから、どこからみたって新品同様ですよ」「えっ新品同様ってどういうこと?中古品?」「いや中古じゃありませんよ。長年うちの仏壇展示場で格好をつけるために置きっぱなしにしていた品だから、要は未使用品です。でも本当にずーっと長年放置していたから、まともな売り値がつけられない商品なんですよ」「え-、なに、それを売るっていう話なわけ?」「そうです」「えっ?これって、もしかしたら山寺にはありがたい話とちがうやろか?」「いやいや待て待て、昔からうまい話には必ず落とし穴があるって言うぞ、うかつに乗っかると危ないんとちゃうやろか?」などと、一瞬にしていろいろ考えましたね。
まったく人間というのはあさましい生き物で「話がうますぎるんとちゃうか?」などと少々警戒しつつ、一方では「いやいや、千々松さんが言ってきてるんだから変な話ではないわなー」「千々松さん、いったいいくらで売るつもりできたんやろか?」「仮にキンス本体を、もってけこのドロボーってことで30くらいになったとしても、キンス台も必要だよなー」「本体よりは安いけど両方でどう考えても40はぶっ飛ぶなー」「あーそんな買い物はできんなー」「恵美ちゃん(妻)にバレたらどないしょう」「せめて両方で30くらいにならんやろか」「もうちょい、なんて虫が良すぎるわな」「やっぱ無理やなー」「いや待てよ、キンス本体だけを売り飛ばしてキンス台を残したってしかたないよなー」「もともと置物状態にしてたのだから、普通はいまさら売り物にはならんわけだ」「絶対売れんものをいつまでも置いとったってムダだよな」「ムダな物なら少しでも現金に変えた方が会社としては得だよなー」「はいわかりました、それじゃーこれはサービスなんてなことにならんやろか?」「なるわけないかー」などと、実に好き勝手なことを考えるわけです。でも口に出すのは「千々松さん、そんなことやっちゃって大丈夫?会社に内緒で無茶なことやらんで下さいよ」と一応心配顔の私に「ご心配なく、内緒でやったりしませんから。いまから専務に電話して掛け合いますからちょっと待ってて下さい」と言い終えると、私の目の前でさっさと電話をかけ始めました。
「専務、千々松です、展示場のキンスですが、置いといてもムダですから光明寺さんにお買い上げ頂くことにしますよ。以前から更新したいって言われてましたから。こいつはもう帳簿にも載ってませんし、半分ゴミみたいなもんです。(よく言うわ)光明寺さんのところで使ってもらうのが、キンスの為にもなると思いましてね。私ならただで差し上げてもかまわんとこですが、それだと光明寺さんの方が受け取ってくださらんので、価格は○○ということでお持ちしようと思います。(もう持ってきてるくせに)よろしいでしょう?それからどんぶりが無いのに、こいつが乗っかってた台を置いてても仕方ないですから、ついでに(おいおい、ついでかよー)お付けしますね。じゃそういうことで」プチッである。専務とは住谷仏壇社長の奥方(社長は千々松さんの叔父)である。こんな木で鼻をくくったようなやりとりの末に、テレビショッピングの王者ジャパネットたかたも真っ青の激安プライス、わけあり一点物、原価無視の取引がめでたく成立となったのである。