こだわり住職のよもやま話

2015年9月

遺影写真は重要です

2015年09月29日

昨今、お葬式の際に故人の遺影写真はどんどん大きくそして立派になって来ています。優先順位は高まる一方で、よく見える様に高い位置にかかげられているものです。一方、故人の戒名(法名)が書かれた白木位牌の扱いは下がる一方です。大抵遺影の下であり、場合によっては参列者からは見えずらい場所になるケースが多くなりました。ところで、あるきっちりしたお坊さんによると、本来葬儀の際に優先されるべきはお位牌であり、遺影写真より高い位置に掲げるのが正しいのだそうです。だから、その方は逆になっている場合は必ず修正させるとのことでした。僧侶として看過出来ないことなのだとのことでした。私の場合だと、遺影が上でもOKです。今日、会館葬だと会場セッティングの都合もあって大抵遺影が上になります。前述のお坊さんの説からすると、私のやっていることは少々後ろめたいことになるのですが、私自身は遺影写真がとても重要だと感じているのでそうしています。有り体に言えば、仏教儀式としての約束事も大事ではありますが、ひとまずそれは横に置いといて、葬儀に臨む遺族の心情を優先したいと考えているからです。私がそんな少々邪道(?)な考えを持つようになった理由を、昨日の葬儀を引き合いにして本日は少々お話したいと思います。

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さて、その葬儀ですが、それは弘永芳朗さんの組合葬でした。すでに18日に葬儀は行っていますが、今回はJA山口美祢農業協同組合主催による組合葬、いわばお別れの会であります。会場はJA山口美祢農業会館の大ホール(かなり広い)です。組内の安養寺住職に応援をお願いして、息子と私の三人で勤めさせて頂きました。進行はJAとつながりの深い(らしい)コープ葬祭が、驚くほど多数のスタッフを動員して粛々と進めてくれました。これほどスタッフが多い状態で読経するのは初めてです。そのせいもあってか、いつも以上に緊張しました。息子にとっても良い経験になった貴重な葬儀でした。我々はかなり早めに到着し、会場で再び芳朗さんの遺影を拝見しましたが、私は「これほど始末の良い人はいないよなー」と、思わず独り言をこぼしてしまいました。それというのも、その写真は故人が事前に準備しておられたからです。直前まで家族にも内緒にしていたのだと聞きました。これが写真館できっちり撮影した見事な遺影なんです。とても闘病中に撮影したとは思えない、実に芳朗さんらしい良い表情で写っておられました。そういう話しを聞かされちゃうと泣けちゃいます。やっぱ大した人です。芳朗さんは。自分が逝った後のこともちゃーんと考えて、実に冷静に行動しておられる。

坊さんになって十数年、諸先輩方から見れば私などまだまだ駆け出し坊主ですが、それでも、これまでそれなりに数多くの方をお浄土に送り出しています。そして、つくづく「遺影は大事だなよナー」と確信するようになりました。残された者にとって、故人の良い表情の遺影写真があるという事は、間違い無くとても大きな救いになるからです。人生山あり谷ありです。だれもが良い事ばかりの人生が送れるなんてありません。つらいことや悲しい思い出も沢山あるはずです。苦しい闘病の末にやせ細ってお亡くなりになるケースだってあります。実につらいことです。だけど、楽しかった思い出、とても幸せだった記憶も沢山あるはずです。悲しみにくれる遺族にとって、故人の良い写真が残っていれば、そんな状況のなかでも、きっと良かったこと幸せだったことが自然と話題に上り、楽しかった記憶が蘇ってくるものです。これは僧呂としての経験上間違いありません。だから「遺影写真は重要ですよ」と、私は声を大にして言いたいのです。そういう訳で、位牌よりも遺影写真を重視する昨今の風潮を、「それも良しではないか」と、私は臆することなく受け入れております。

蛇足ですが、有名な某葬儀社が「生きるお葬式」というキャッチコピーでCMを流していますね。あれは実に上手いというか良く出来たCMです。実に素晴らしい。悔しいけどその通りなんです。だけど、あれはあくまでも葬儀社のCMですから、どうしても素直に受け取れないひねくれた私も存在しています。悔しいといったのは、あのCMが訴えていることこそ、僧呂である私が遺族の皆さんへ伝えるべき大切な事なのです。結局、それがまだまだ出来ていない自分に対する苛立ちや葬儀社に対する嫉妬心が、そう言わせるのかもしれません。實空俊徳、つくづく修行が足りていません。

良い人ほど早く逝くのでしょうか

2015年09月17日

灯明

思えば山寺の建てかえを進める際に、最も重要なポジションであったのが建設委員会の事務局でした。その大変な役を引き受けてくださっていたのが弘永芳朗さんでしたが、残念なことに昨日(16日)亡くなられました。まだ65歳です。あまりにも早すぎる旅立ちです。芳朗さんは地元農業組合の組合長さんでした。その人望は厚く、仕事はバリバリ出来る実に素晴らしい人物でした。この方がいたからこそ、我が光明寺の再建もスムーズに運ぶことが出来たのです。間違いなく光明寺の歴史に名を残す人物です。煩雑な事務処理を一手に引き受けて、最後の最後まで几帳面に管理して下さいました。来週からは、一連の本堂建てかえ工事でおそらく最後となる下屋根の追加工事が始まります。なのに、このタイミングでお別れです。せめて工事完了後の姿を見て頂きたかった。

世間ではよく言いますよね。「良い人ほど早く逝ってしまうんだ・・・」などと。私など典型的な凡夫ですから、そうかもしれないなーと感じるところも少々あります。しかし、そうじゃないんだという考え方や、もっと違う見方の意見があることも承知はしていますから、僧呂である自分としては、こういう時になんとも返答に窮します。確かに、良い人はみんなに惜しまれますから、とりわけそう感じるのかもしれません。仏教的な考え方の一つに、娑婆世界での役割を果たしたから、お浄土に還られたんだという考え方があります。人それぞれ役目は異なるのだから、早く終了する人もいれば、長く娑婆世界で人生を送る人もいるのだといいます。だから長い短いに良いとか悪いとかは無いのだと。確かにそうかしれません。人は生まれてきたときからすでに寿命が定まっているのだという意見もある。なにが本当かは、正直今の私にはよくわかりません。おそらく、全て本当であり場合によっては間違いでもあるのでしょう。ただ言えるのは、芳朗さんの旅立ちは、たとえ役目を果たし終えたからだとしても、私には残念で無念で仕方ありません。本日は通夜です。故人への感謝と惜別の思いを込めて精一杯の読経をさせて頂きます。

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