こだわり住職のよもやま話

2012年12月16日

渾身の力作(棟札)

2012年12月16日

上棟式棟札.jpg

本日も12月9日の上棟式に関連した話題です。実は今回の上棟に当たって山寺の住職が一番しびれたのは棟札の制作でした。お寺の本堂など、この手の建造物には屋根裏に立派な棟札を取り付けるのが習わしですが、この棟札ってやつ、山寺のような小寺では当然住職が書くことになります。(誰もかわりに書いてはくれませんから)私にしてみれば、たまたま当事者になってしまっただけなのですが、(失言)そうは言っても約240年ぶりの大事業です。おそらく今回設置される棟札も永く残ることになるでしょう。きっと後世の人々が、「ほおー、この本堂は實空俊徳和尚の代に再建していたんだー」なんて、この板を眺めながらつぶやくことになるのです。要するに私が書いた筆文字がずーっと残るんです。だからプレッシャーは大きかったのであります。常日頃から卒塔婆には筆で書いています。しかしそれはいつまでも残るわけじゃないですから救われます。でも棟札はずーっとです。「あーいゃだなー。全然自信ないのに....」と気が重かった。おまけに久谷建築の大工さんが、めちゃめちゃ立派な札板を用意して下さったのでよけいに気は重くなりました。まるで高級料亭のまな板みたいなブツです。長さは約110㌢厚みは4㌢もあります。この立派な板に「さあ、どうぞお書き下さい」ですから尻込みするのも当然でしょう。超立派な板を前にして私はなんだか追い詰められた気分でした。どう考えてもこの板に恥じないような文字を書くなんて出来るはずがないのであります。それで、いろいろ考えた末に策を講じて書き上げたのがご覧の写真です。(こちらは表側です)結論からいうと、うまいこと誤魔化すことができたのでやれやれでした。

山寺住職の策略は次の通りでした。自分は書道の基本が出来ていませんから、止めや跳ね払いが重要な書体は無理です。通常の楷書や行書では絶対に良い字は書けません。そこで、私はまず最初に一般的ではない特殊な書体(要するに上手下手が判断しにくい書体)で書くことにしました。この条件にマッチする書体として選択したのが写真の「隷書体」です。ただし、制作工程に入ると最大の課題は下書きをどうするかでした。いくら止めや払いのテクニックが目立たない書体だといっても、私にいきなり隷書が書きこなせるはずもありません。下書きを書いてそれをなぞるようにして仕上げるしかないでしょう。ちょうど小学校のお習字の時間に、先生が書いて下さったお手本や、あらかじめ用意してあったお手本に、半紙を重ねてなぞるように何度も書いて練習していた「あの手」を使うしかないのです。ですから、いかにして「下書きを板に書き込むか」が重要です。

実際この工程が最も時間がかかり、疲れる作業でした。私がやったインチキな方法は次の通りです。まず紙で等倍の見本をつくります。パソコンで印刷して作っちゃいました。これを板の上に載せて等倍の見本と板の間にカーボン紙を入れて輪郭を上からなぞるのです。(小さい文字は無理です。大きな文字なら輪郭までなぞれます)その際には力加減が少々難しいですが、うっすらと見本が転写できたら成功です。後は気合いを入れて筆で一気に書き上げます。自分で言うのもなんですが、やってみたら想像以上に上手く出来たので驚いています。

ところで後日すっかり上機嫌の私は、自分にとっては「渾身の力作」とでもいうべきこの棟札を、内心自慢したくて妻に制作過程の苦労話をしました。「恵美ちゃん棟札出来たよ。見てくれる?ずーっと後まで僕が書いた字が残るから恥ずかしい字は書けんし、すんごい苦労したよ。これこれ、こうやってさ....、下書きを上手に写すのが一番のポイントでねー」なんてね。すると妻の反応は私の予想に反して少々意外なものでした。「無事完成してよかったわね。ご苦労様」(ここまでは予想どおりである)「ところでお父さん。棟札って屋根裏に取り付けるものなんでしょ。だったら、この次に本堂が建て替えになるまで、それこそずーっと誰も目にすることは無いわけよね。だったらそんなにこだわって、そこまで時間かけなくてもよかったんとちがうの?」でした。「ぎくっ!」であります。確かにおっしゃる通りで妻の指摘は的を射ています。うーん。やっぱり私は必要以上にこだわっていたのかも。相変わらず執着から離れられない迷坊主です。

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